歴史

History of Hanwha

  • ハンファグループ創業者、金鐘喜(キム・ジョンヒ) ハンファグループ創業者、金鐘喜(キム・ジョンヒ)
  • 1952年韓国火薬株式会社設立(現在㈱ハンファ) 1952年韓国火薬株式会社設立(現在㈱ハンファ)
  • 韓国火薬株式会社(現在㈱ハンファ)仁川(インチョン)工場 韓国火薬株式会社(現在㈱ハンファ)仁川(インチョン)工場
  • 韓国火薬株式会社(現在㈱ハンファ)仁川(インチョン)実験室 韓国火薬株式会社(現在㈱ハンファ)仁川(インチョン)実験室
  • 1965年韓国化成工業株式会社設立(現在ハンファケミカル、ハンファ先端素材) 1965年韓国化成工業株式会社設立(現在ハンファケミカル、ハンファ先端素材)
  • 1969年京仁(キョンイン)エネルギー設立(現在ハンファエネルギー) 1969年京仁(キョンイン)エネルギー設立(現在ハンファエネルギー)
  • 京仁(キョンイン)エネルギー(現在ハンファエネルギー) 京仁(キョンイン)エネルギー(現在ハンファエネルギー)
  • 1976年成都(ソンド)証券買収(現在ハンファ投資証券) 1976年成都(ソンド)証券買収(現在ハンファ投資証券)
  • 1981年第2代金昇淵(キム・スンヨン)会長就任 1981年第2代金昇淵(キム・スンヨン)会長就任
  • 1982年韓国ダウケミカル買収(現在ハンファケミカル) 1982年韓国ダウケミカル買収(現在ハンファケミカル)
  • 1982年漢陽(ハニャン)化学買収(現在ハンファケミカル) 1982年漢陽(ハニャン)化学買収(現在ハンファケミカル)
  • 1982年正亜(ジョンア)グループ買収(現在ハンファホテルアンドリゾート) 1982年正亜(ジョンア)グループ買収(現在ハンファホテルアンドリゾート)
  • 1986年漢陽(ハニャン)流通買収(現在ハンファギャラリア) 1986年漢陽(ハニャン)流通買収(現在ハンファギャラリア)
  • 1987年ハンファグループ本社 1987年ハンファグループ本社
  • 韓国の金融危機当時、金昇淵会長の覚悟「生き延びようとすれば死に、死を覚悟すれば生きる」 韓国の金融危機当時、金昇淵会長の覚悟「生き延びようとすれば死に、死を覚悟すれば生きる」
  • リストラクチャリングに成功した優秀企業として選定 リストラクチャリングに成功した優秀企業として選定
  • ハンファグループのリストラクチャリング関連、産経新聞の報道記事 ハンファグループのリストラクチャリング関連、産経新聞の報道記事
  • 2002年大韓(デハン)生命買収(現在ハンファ生命) 2002年大韓(デハン)生命買収(現在ハンファ生命)
  • 2007年ハンファ先端素材、U.S企業Azdel社の持分取得 2007年ハンファ先端素材、U.S企業Azdel社の持分取得
  • 2015年ハンファ先端素材、ドイツの自動車部品製造会社Heycostics買収 2015年ハンファ先端素材、ドイツの自動車部品製造会社Heycostics買収
  • ハンファ先端素材のGMT、LWRT ハンファ先端素材のGMT、LWRT
  • 2012年Sino-Korea Life営業開始 2012年Sino-Korea Life営業開始
  • 2009年大韓(デハン)生命(現在ハンファ生命)、ベトナム法人営業開始 2009年大韓(デハン)生命(現在ハンファ生命)、ベトナム法人営業開始
  • 2012年ハンファ建設、80億ドル規模のビスマヤ新都市開発受注 2012年ハンファ建設、80億ドル規模のビスマヤ新都市開発受注
  • ビスマヤ新都市開発プロジェクト ビスマヤ新都市開発プロジェクト
  • 2015年ハンファQセルズとハンファソーラーワン合併、ハンファQセルズ発足 2015年ハンファQセルズとハンファソーラーワン合併、ハンファQセルズ発足
  • 2015年ハンファQセルズ発足 2015年ハンファQセルズ発足
  • ギャラリアソウル免税店 ギャラリアソウル免税店
  • ソウルのランドマーク、ハンファ63シティー ソウルのランドマーク、ハンファ63シティー
  • 2015年ハンファテックウィン(旧サムスンテックウィン)買収 2015年ハンファテックウィン(旧サムスンテックウィン)買収
  • 2015年ハンファシステム(旧サムスンタレス)買収 2015年ハンファシステム(旧サムスンタレス)買収
  • 2015年ハンファトタル、ハンファ総合化学(旧サムスン総合化学、サムスントタル)買収 2015年ハンファトタル、ハンファ総合化学(旧サムスン総合化学、サムスントタル)買収
  • 2016年6月,ドゥサンDSTを買収合併し、「ハンファディフェンス」発足 2016年6月,ドゥサンDSTを買収合併し、「ハンファディフェンス」発足

今から60年前、ハンファ人の夢は始まりました。次世代のためのさらなる価値を夢みながら、挑戦と変化を恐れず、ハンファは果敢に前進し続けます。

創業期(1952-1963)

韓国経済復興に向けた創業

第2次世界大戦の終戦と共に、国土は分断されます。1950年代初め、朝鮮戦争の勃発により莫大な被害を受けた韓国は、経済的にも破綻状態にありました。発電所のほとんどと主要国家基盤施設が破壊され、大多数の国民が貧困な生活を強いられました。

このような時代、「朝鮮火薬販売株式会社」の総支配人であり意欲に溢れる青年金鐘喜(キム・ジョンヒ、ハンファグループ創業者)は、火薬産業こそが韓国の産業化を牽引する原動力であると確信し、起業することで国家再建と社会発展に献身することを決意します。

1953年、戦争は休戦を迎え、金鐘喜は朝鮮火薬販売株式会社を払下げで落札し、「韓国火薬株式会社(韓国火薬)」を設立します。国家基盤施設の再建工事が増えると共に、火薬の需要も伸び続けました。しかし、当時の韓国には急増する需要に対応できるほどの技術がなかったため、日本からの輸入に頼らざるを得ませんでした。結果的に火薬の供給は常に制限的であり、価格も高い水準のままでした。

輸入製品の国産化に国益がかかっていると考えた金鐘喜会長と韓国火薬の職員は、3年間の研究開発にまい進しながら、1955年にはインチョンに工場を新設する一方で、朝鮮油紙の火薬工場を買取ります。この時期に、ハンファは火薬製造に使われるニトログリセリンの開発に、ついに成功します。こうして1958年、韓国はアジアでは2番目に産業用火薬の独自生産能力を保有することになります。

「火薬産業は究極的に国家経済成長に役立つ」という金鐘喜会長の予見が正しかったことが証明され、「事業報国」という金鐘喜会長の献身は、ハンファの創業哲学となりました。事業によって国と社会に貢献する努力は、60年の歳月が経った今も、ハンファの中核ビジョンの一つとなっています。

成長期(1964-1980)

韓国の近代化に貢献

1960年代には、民間施設や産業基盤施設だけでなく、韓国経済の再建事業が本格的に始まります。韓国は経済政策を立案し、重装備や石油化学のような中核産業への進出を支援します。このような時期に、韓国政府は経済開発に拍車をかけながら、「ソウル-デジョン-ブサン」を繋ぐ京釜(キョンブ)高速道路を建設しますが、この高速道路は後に、韓国でもっとも重要で通行量の多い道路となります。ハンファは京釜高速道路の建設において中核的役割を果たすことで、言葉通り、「新たな未来への道を切り拓く」ことに貢献したのです。

1960年代半ば、ハンファは中核産業分野の企業買収に乗り出します。この時期のハンファの事業拡大は、「企業は国と社会に貢献すべきである」という企業哲学のもとで行われました。

最初の事業多角化は、1965年「韓国化成工業(現ハンファケミカルおよびハンファ先端素材)」を設立し、石油化学産業に進出することから始まりました。

1969年、ハンファグループは合弁投資によって「キョンインエネルギー」を設立し、韓国唯一の民間火力発電所を建設・運営します。後に、「ハンファエネルギー」に名を改めた「キョンインエネルギー」は、ハンファの主力企業として発展することになります。

1970年代、ハンファの関心事業分野は、会社の発展と同じく速いスピードで拡大し続けます。ハンファは、1976年「ソンド証券」を買収することで初めて金融分野に参入し、同年「韓国火薬」を上場します。

第2の創業期(1981-1995)

国内屈指の企業へと成長

1981年、創業者・金鐘喜会長は亡くなりますが、ハンファは事業の戦略的多角化に集中し、戦略的買収により金融、レジャー、流通およびサービス分野への進出を果たします。創業者の長男・金昇淵(キム・スンヨン)会長の主導のもと、会社のポートフォリオは拡大し続け、1982年には、「ハニャン化学」と「韓国ダウケミカル」の買収によってさらなる事業拡大を続けます。

1985年のジョンアグループ(現ハンファホテルアンドリゾート)の買収に始まるリゾート開発は、ハンファグループの優先的成長目標の一つとなります。「ハンファリゾート」は、コンドミニアムとリゾートを相次いで建設し、韓国の大手レジャーグループへと成長します。

1986年、ハンファはハニャン流通(現ハンファギャラリア)を買収し、流通業にも進出します。高級流通マーケットを狙っていたハンファは、全国5ヶ所にデパートを拡張し、グループの流通事業の基盤を整えました。「ハンファギャラリア」は、2014年韓国のジェジュ国際空港に「ギャラリア免税店(Galleria Duty Free)」をオープン、免税店事業への進出にも成功します。2015年末には、63ビルで知られるソウルの代表的なランドマーク、「ハンファ63シティー」に新たに免税店をオープンする予定です。

飛躍期 (1996-2006)

21世紀に向けたリストラクチャリング

1997年、タイ・バーツ貨の暴落に始まるアジアの金融危機により、アジアではタイと韓国が甚大な打撃を受けます。IMF(国際通貨基金)と米国が韓国の通貨安定に介入し、結果、韓国は国家不渡状態から脱することができました。

しかし、企業売却や解雇などにより、失業率は史上最高水準に達しました。ハンファは、大胆な革新とリストラクチャリングにより、この危機を乗り越えました。多くの企業と同様ハンファも流動性確保のため、収益性の高い系列会社を売却せざるを得ませんでした。しかし、ハンファは、会社を低価格で売却する代わりに、社員の雇用承継を条件にしました。当時、金昇淵会長は、本人が希望すればハンファグループに復帰することができるという約束もしています。

「必死即生 必生則死」。「生き延びようとすれば死に、死を覚悟すれば生きる」で表現される金昇淵会長の大胆なリストラクチャリングと全職員の連帯意識は、信義、信用、義理、そして企業の中核価値を組み合わせたよき事例となりました。ハンファは、一切の労使紛争を経験することなく金融危機を乗り越えましたが、その過程は他社に模範となりました。さらには、リストラクチャリングが成功したことで、ハンファのリストラクチャリングの過程は産経新聞やロイターなどの海外メディアより高い評価を受けました。

このような経験を通じて鍛えられたハンファは、さらなる大きな一歩を踏み出します。2002年、デハン(大韓)生命保険を買収したのです。1990年代末、デハン生命保険の財政状態は深刻な状態でした。政府の救済の努力にもかかわらず、累積赤字は2兆3000億ウォン(US23億ドル)を上回っていました。当時の生命保険業界は企業間競争が激しいレッドオーシャンマーケットであり、デハン生命保険のシェアは大きく減少していました。しかし、ハンファは、当時業界第2位規模のデハン生命保険を成功裏に買収し、8年足らずで資産総額は2倍、売上げは30%も増やしました。

2010年3月、デハン生命保険の株式市場上場により、ハンファの金融部門は新たな転機を迎えます。ハンファは、保険会社、証券会社、資産運用会社を統合した金融部門ネットワークを発足させ、相乗効果を生み出しました。また、ベトナム、中国、インドネシア、インドなどの海外営業ネットワークの拡大に資源を集中させ、海外市場拡大にもスピードを上げています。

グローバル成長期(2007-現在)

「フォーチュン500」にランクイン、グローバル先導企業として浮上

事業の多角化により韓国最高の金融サービスグループとして生まれ変わったハンファは、海外法人を設立し、主要完成車メーカーに納品する様々な自動車部品の開発や生産に力を入れる一方で、太陽光エネルギーや電子用先端産業素材を生産することで、グローバルマーケットに進出してきました。

2007年、「ハンファL&C(現ハンファ先端素材)」は、米国の熱可塑性複合樹脂製造メーカーであるアズデル(Azdel)社の持分を取得し、米アラバマとバージニア、中国北京と上海、チェコに生産法人を設立しました。2014年には、ハンファL&Cの素材部門を「ハンファ先端素材」という名に社名を変更し、素材産業に力量を集中させ「グローバル・ハイテック素材製造メーカー」への変貌を図っています。何よりも重要なのは、自動車の軽量化、電子、太陽光エネルギー用複合素材などといった効果的な競争が可能な分野へと、ハンファが中核事業領域を拡大しているということです。2015年、ハンファ先端素材は、ドイツの自動車部品メーカーであるハイコスティックス(Heycoustics)社を買収することで、販売と流通のための堅固な基盤を設けました。ハンファ先端素材は、自動車の軽量化素材であるStrongLite(GMT、強化熱可塑性プラスチック)とSuperLite(LWRT、低重量強化熱可塑性プラスチック)分野において、世界ナンバーワンのシェアを獲得しています。

2012年にハンファ建設は、韓国企業の海外契約としては史上最大規模であるイラクのビスマヤ新都市開発事業を受注しました。ビスマヤ新都市開発事業は、約1,830ヘクタールの敷地に10万世帯規模の居住施設を建設する事業で、総額80億ドルの開発プロジェクトです。2015年には、さらに、21億2000万ドル規模の基盤施設工事を受注し、ビスマヤ新都市開発事業だけで、受注総額は100億ドルを越えています。

2010年、 ハンファは新たな成長ビジネスとして太陽光エネルギーを採択しました。同年ハンファグループは、「ハンファソーラーワン(旧ソーラーファンパワーホルディングス)」の買収で太陽熱ビジネスに参入し、2011年「ハンファソーラーワン」をナスダックに上場します。翌年、ハンファグループは、最先端太陽光製造技術を保有するドイツのQセルズ(Q CELLS)社を買収。2015年、「ハンファソーラーワン」と「ハンファQセルズ」の合併で、現在の「ハンファQセルズ」が誕生します。

持続的な投資とハンファソーラーワンとの組織統合により、「ハンファQセルズ」の太陽光セルの年間生産能力は、世界ナンバーワンを記録しています。ハンファQセルズは、太陽光発電のミッドストリームに位置するインゴットとセル、モジュールの生産から、住居および商業施設、太陽光発電所建設のためのダウンストリームの太陽光ソリューションにいたるまで、広範囲な事業領域をカバーし、ハンファの太陽光事業の中心的役割を果たしています。このような完璧な製品群が、ハンファケミカルのポリシリコン事業とハンファQセルズコリアの発電所事業と共に相乗効果を産むことで、ハンファは太陽光事業の包括的垂直系列化を達成しています。

ハンファの金融事業拡大は、ハンファ生命の主導で行われています。ハンファ生命は韓国初の生命保険会社であり、生命保険および総合金融ソリューションを提供する業界2位のノンバンク金融機関です。2012年中韓人寿保険有限公司との合弁で海外営業を始めるまで、ハンファ生命の社名は「デハン(大韓)生命」でした。2015年基準資産総額が100兆ウォン(US8500万ドル)に達するハンファ生命は、韓国生命保険業界における確固たる基盤を固めてきました。ハンファは、2009年からデハン生命が保険営業を開始したベトナムだけでなく、顧客に精緻な金融ソリューションを提供する中国やインドネシアでも目覚しい成長を遂げています。

2015年ハンファグループは、サムスンの化学及び防衛産業部門の系列会社4社を買収しました。ハンファグループは、それらをハンファ総合化学、ハンファトタル、ハンファテックウィン、ハンファシステムという名で新たに発足させました。こうしてハンファグループは、世界一流の石油化学企業の一つであり、韓国防衛産業分野の先導企業としてさらなる飛躍を期待することができるようになりました。

2016年6月、ハンファはドゥサンDSTを合併し、ハンファディフェンスとして発足。これでハンファは、防衛産業において国内はもとよりグローバル防衛関連企業と本格的な競合をすることになった。

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